ミュージック・エクリプスト・デヴィルムーン

 今日の月は赤くてでっかくて丸くてなにかヤバい。吸い取られそうな勢いだ。何らかが月に向かって赫烈たる勢いで吸われていっているのを感じる。まるで古い悪魔の月が笑いかけてきているみたいだ。そこで俺は家に着いてすぐにソニーロリンズの「Old Devil Moon」を大音量で再生してみた。俺はたちまち音の奔流のなかに包みこまれた。ロリンズのサックスもエルヴィンジョーンズのドラムも、先ほど見た呪術的な月に少しも劣ってはいない。これがすぐれた芸術のもつ力か!可視化された音符がステレオから流れでてきて、中空で球のかたちを形成していく。音符はそれぞれが固有の波長でふるえながら共振し、玉全体でひとつの島宇宙をなしており、俺に向かって島宇宙に固有の知識や真実を伝えている。知識や真実は異質すぎてなじみにくいものだったが、しかし俺は勇気を得る。
 音の玉は家の壁を突き抜け、発振し発光しながら赤い月に向かってゆったりと上昇しはじめた。踊り狂う音符の赤い輝きが、黝い夜の闇にめくるめく対照をなしている。わくわくさせてくれるじゃないか。俺は音の玉ごしに赤い月を睥睨した。
「オン・ソラソバテイエイ・ソワカ!!」 俺が弁財天真言を唱えることによって、音の玉は光の速さで月へと発射される。ドップラー効果によってスペクトル分解された光の尾をひきながら流れていき、それから2.56秒後には粉々に粉砕された月の姿が俺の視覚へととどく。「カブーン!!」月はひとたまりもなく消滅。アハハハハ芸術の勝利だ!