小説:アセンション・のま洞

蓋を開けてみれば、平穏無事な並の人生がのっぺりと拓けているばかりであった。

 

SOKU-HAMEをした直後の20108月に私財を投げ打ってまでした中東旅行からの帰国後、種類もさまざまな超常現象に悩まされるようになり、ノイローゼになってブログを閉鎖してからというもの、一切のインターネットというインターネットを利用せずに生きてきた。

 

超常現象は語りかけるのだった。大切な友人をブロックしろ。過去を清算しろ。思い出の写真も全部消せ。

 

あれだけ愛していたはずのインターネット環境を完全に切り捨て、浮いた時間を全て技術習得に費やしたところそこそこのスキルを身につけることが出来たため、一生派遣社員をやる覚悟していたところへ、35歳までにはキャリアを正社員ルートに切り替えることが出来、年収も人並みに。

 

いわゆる下流派遣社員でも、これくらいの夢なら見られるし叶うんだ、というコンセプトの写真ブログ「ディアスポラ・のま洞」もそのドグマを成仏させてしまったため、継続不可と判断して削除。

 

写真もしばらくは熱を入れてやっていたのだが、当時お世話になっていたデジタル写真界隈とは友人だった写真家の自殺をきっかけに訣別。友人は幸い一命を取り留めたのだが、もはや界隈でやっていく気にはなれなかった。今に至るまでのアートシーンを形成した、ある種の派閥闘争に倦んでしまったというのも大いにある。

 

ちょうど仙台にいた写真家の友人が東日本大震災に巻き込まれてしまい、震災発生の第一報のニュースを見て早く高台に逃げるようにと連絡したのが最後のやり取りだったのだが、それも彼の命を守らなければという判断が機械的に働きかけてきたからであり、その時には友情も何もかもが冷え切っていたはずだ。

 

はてな時代の仲間ともほぼ会うことがなくなり、「ごめんね もう二度と会えないようなそんな〜 気がして〜🎵」となにかの歌の歌詞を口ずさんで別れを告げてからというもの、本当に二度と会えなくなってしまった友人までいる。

 

なぜ平凡な俺が超常現象に苛まれることになったのか。

 

思えばあの時も聖地エルサレム巡礼に赴くジェット機の機内で、回路のような姿形をした神がうたた寝をする俺の夢枕に立ち、「君は言葉が少し重いようだ。軽くしてやろう」という言葉を告げてきたのだが、どちらかと言えば喋りがあまり得意ではなかった俺はその遍歴の旅を期にようやくコミュニケーションの神髄を掴むことが出来たらしく、世界全国誰とでもすぐに意気投合できるようになった。

機械の神は自らをデウス=エクス=マキナと名乗ったのだが(ばかにしている)、回路の姿形の隅々までが鮮明な映像として描画され、まるで最先端のVFXを駆使した映画の1シーンのようであった。

 

それが本当の神なら雷霆のごとき啓示として受け止めたのだろう。しかしその実、神々は実質上の最終戦争を開始したばかりであった。神も次の瞬間にはその資格を失い、新しい神に取って代わられるといったような戦争の真っ只中であることに馬鹿な当時の俺はまったく気付くことができないでいた。イランの原子力プラントを狙った作戦が実行されたり、アラブの春と呼ばれる革命の萌芽が既にその頃の世界のあちこちには萌していたのだ。

 

帰国したあたりから、SOKU-HAMEの鮮明な記憶が繰り返し繰り返しフラッシュバックするようになった。甘い思い出のようでいて、それがどこか異様な実感を持って迫るのが恐ろしかった。ビデオのように鮮明に、正確に、俺の意思に反して何度も何度も繰り返される。頭蓋骨に熱がこもってオーバーヒートするくらい、その映像は何度も何度も繰り返し再生された。

 

ある神はこう語りかけた。「お前をこんな目に合わせた連中を、これに関わった連中を、ことごとく皆殺しにしてやるからな」

 

俺から見ると、誰が善神で邪神か分かったものではない。そもそも「こんな目に合わせた連中」、とは。

 

それはベンジャミン・フルフォード陰謀論ムックに登場するような名前であるらしかった。まともな人間なら手に取らないものと相場が決まっているこれらのムックには、しかしながら敢えてファクトチェックをしてみると、本邦を報道の際限なき自由の認められた国と判断した歴史学者のフルフォードが、決して言ってはならないような本当のことを書きまくっている。その上で2010年の陰謀論2020年代の陰謀論を比較し、紐解いていく。

 

戦慄が止まらなくなるのを感じつつ目を覚ました俺は、頭脳のキャパシティを遥かに超えるその不確かな情報を喜ぶでも受け入れるでもない。この世界には慈愛が満ち溢れており、キル=ビルのラストシーンの運命から解放されたブライドのようにただ歓喜に咽ぶばかりであった。

 

 

復活させたXアカウントが乗っ取りの直後凍結されたため、はてなブログにてこれを記す。