20050331 男性原理からの復讐に遭い、アメリカ南部の沼地上空を漂う

 僕は意中のあの子(特定のモデルはないが、宮地真緒似)とついに想いを遂げることができた。部屋には、僕らの他にも三人の男女がいる。僕は彼らの視線にもかまわずにことを為していたわけだが、想いを遂げた彼女はその後、一連のできごとを見守っていた自分の旧友と盛りあがりはじめ、僕の友人はもうひとりの友人と会話しはじめてしまったために、僕は会話の輪から弾き出されてしまう。疎外感を感じながらも部屋の外に出ると、部屋の出口は中学校の廊下へと続いている。クラスメイト達が、早くも僕とあの子との噂を囁きはじめている。いくらなんでも早ぇえーっ。
 廊下には生徒達の姿がちらほらと。僕は人の間をすりぬけて、自分の教室へと向かっていく。その途中で、僕は二つの重要アイテム(ひとつはミニ四駆用のスーパーダッシュモーター)を落とし、ばらばらにしてしまう。僕はそのアイテムを落としたことで大いに慌てふためく。その二つは懐に大切に抱き続けてきたもので、なくすわけにはいかなかったのだ。
 幸運にも、それはちょうど友人のクラスの前だった。中学生の制服を着た当時の友人達が、バラバラとなったミニ四駆用のモーターの部品を拾い集めてくれる。その内のひとりは、ひょんなことから今では縁がなくなってしまった友人だ。しかし当時の僕と彼とは親友なので、彼は素敵な笑顔でパーツの収拾に協力してくれる。そのおかげで、モーターは息を吹き返した。
 もう一つのパーツがなんだったのかはよく思い出せないが(すごく思いだしたい)、携帯か何かだったとおもう。こちらも、彼らが協力してくれたおかげですぐに見つけ出すことができた。
 僕はその廊下で、僕は大して仲が良くなかったはずの石場くん(スポーツマン系)と、円満な空気で言葉を交わす。僕は意中のあの子のことや、僕の懐にある二つの重要アイテムのことなど、幾つかの掛け替えのない秘密を彼と共有している。石場くんは浅黒い肌をした、男性原理の象徴のようなマッチョ思想の男で……まあそれはいい。
 そこでシーンは飛ぶ。
 僕は怒り狂った石場くんにより、廊下の端へと追い詰められている。彼はやり投げ選手のごとき流麗なモーションで、傘をスピアのように投げて攻撃してくる。風を切る音が耳を聾するほどの猛威だ。僕は手にした傘によって、その攻撃をぎりぎりで弾く。しかし彼は攻撃をやめない。第二弾は、僕の裏をかいた反射攻撃だった。傘は一度天井に当たって跳ね返り、一直線に僕へと向かってくる。
 僕は被弾し、ダメージを受けた。そこへ第三弾が襲いかかる。壁を狙った反射弾だ。僕は彼の取り巻きのひとりを盾にしてかわそうとするが、傘は盾を迂回し、僕のすぐ側をぎりぎりで掠めていった。彼の傘はコントロール自在で、ここで戦っているかぎり、貫かれて絶命する瞬間もそうそう遠くはない。
 僕は廊下から飛び出す。そこは虚空にむかって架けられた、石の艀【はしけ】となっている。艀の外壁には、古代の神話的な文明を思わせる壮麗な彫刻が施されている。僕はその突き当たりまで走り、階段を下りながら艀を折り返そうとしたところで、追いかけてきた石場くんに正面から捉えられてしまう。ザュン、と風を切る音がして、傘が僕の脇をかすめ去っていく。しかし外れている。連投によって、彼のコントロールにも翳りが出はじめているようだ。
 しかし油断はできない。戦うことすらかなわない。僕が一本しか傘を持っていないのに対し、石場くんはいくらでも弾丸を補充することができるのだ。立体交差している艀をくぐり、彼の真下を通過する。交差部分を抜けた瞬間、真上から傘が降ってきた。傘は、僕の前方三十センチの石畳に突き刺さっている。僕は大いに青ざめる。
 走り、走り、僕は艀の終端に辿り着いた。地上数十メートルの地点である。僕の足元をすくい取ってしまいかねないほどの乱気流が吹き荒れている。ザュン、ザュン、と必殺の威力を持った傘が飛来し、僕のすぐ脇を通過する。逃げ場はない。僕は恐怖に駆られながらも、ためらわずに、地上を目指して一気に飛んだ。風を受けて落下していく。僕は石場くんの弾道修正のタイミングを思い描きながら、ある程度の距離を設けたところで、一本だけ手に持っていた傘を開く。風に揺られながら、僕は緩やかに眼下の沼地へと下降しはじめた。
 落下速度が緩まるや否や、石場くんの傘が僕の脇を掠めはじめる。僕に当たらずとも、命綱である傘に穴を開けられてしまえば一巻の終わりだ。僕は振り子状に自らの体を揺らして左右に揺り動き、石場くんの狙いを外しながら、風に乗って遠く遠くへと運ばれていく。
 やがて攻撃は届かなくなった。が、眼下にはアメリカ南部風の沼地が絶望とともに横たわっている。どこへ着地しようにもぬかるんでおり、骨を休める場所はない。また、沼地の泥の中には数えきれないほどの死体が埋まっているのだという事実を僕は経験的に知っていた*1。前方には、アッシャー家やカポーティのスカリィズ・ホテルのような朽ち果てた豪邸が泥に沈みかかっている。いざとなればここを根城にできるだろうということを確認しつつも、それだけはごめんなので上空を通過していく。ただ、僕は地上3メートル前後まで降りてきていたために、それほど遠くまでは進めないだろうということをはっきりと自覚していた。
 前方の沼地はいよいよ深くなるばかりだ。二匹の巨大なワニが、上頭部を水面からのぞかせてこちらを見ている。そこを通り抜けて前方のブッシュを越えれば、その先には金色の夕陽に照らされた文明の象徴、高層ビル群をうかがうことができる。だが、そこに辿り着くことはかなわないだろう。もはや僕は地上すれすれまで迫ってきており、ひとたび沼地に降り立てば、足を取られて進むこともままならないだろうし、腹を空かせたワニたちが、僕を餌食とするためにたちまち近づいてくるに決まっている。森を抜けることは難しいだろう。
 ワニは、これを書いている今調べてみたら、やっぱりミシシッピワニだった。ナイルワニかと思ったが、黒々とした色つやや巨体はミシシッピワニのそれに近い。僕が今いるのは、ともすればワニにも飛び付くことの可能な高さだ。できるだけ、ワニの上空を通らないように避ける。ワニは上体をもたげて身を構えるが、飛びかかってはこない。僕とワニとはすれすれまで接近している。足が今にも沼地の水に浸かりそうだ。さっきの豪邸には、もう戻れないかもしれない。焦りを感じていると、生温い息が僕を包みこんだ。吹き付けるワニの吐息だ。どういう了見だろう――単なる偶然かもしれないが――ワニの呼吸が、僕の手に握られた傘に風を送りこんでくれている。おかげで僕の体は落下をまぬがれ、微かに高度を得ることができ、沈みかけた豪邸まで、ぎりぎりで辿り着くことができた。
 豪邸の入り口には板が打ちつけられており、こずんだターコイズブルーの瓦葺き屋根は、ところどころが失われてしまっている。雨漏りが酷いだろうし、この家もいつまで沈まずにいられるものやら分からない。が、ここしか居場所はない。
 その時、僕の頭蓋の内側に声が響き渡った。
――人を殺して逃げ出した盗賊達が、今でもこの辺りに隠れているらしい――
 僕はぬめる豪邸の芝生へと着地し、そこで夢から醒めた。

*1:夢内部のみで共有される、経験のデータベースのようなものが存在している