チトワン密林決死行 〜驟雨のエレファントライド


前回:ワイルドライフの楽園で過ごす、エレファントな日々

5月27日

バナナパンケーキに珈琲という優雅な朝を過ごし、遅刻気味で出発。カヌーで河をさかのぼり、歩いてジャングルを巡るという四時間くらいのコースです。ガイドは二人いるというのに、参加者は俺一人だけ。

カヌーライド


チャプリ、チャプリという水音だけが聞こえてきます。水面が近い。

ガイドは昨日の男臭い髭親父。抱かれたい。それともう一人、タルー族っぽい青年がついてきてくれた。

鳥とかの名前を教えてくれるんだけど、なかなか会話が成立しない。英語のヒアリングが苦手なところへネパール訛りの英語はなおのこと聞き取りづらく、伸ばす音がすべて丸まっており、birdがバルドと発音されたりする。THは全部タチツテトになるから、monthならマント。
カワセミみたいな鳥もいたなぁ。羽を広げて滞空し、狙いを定めて一気に急降下して魚を捕らえる。フィッシュルキングって言ってた。フィッシャー・キングだから、魚とりの王様。あまりもの鮮やかさに感激して、言い訳するわけじゃないけど、観察するのに一生懸命でまじでもう写真どころじゃなかった。

よく見ると、相当でかいワニがいます。この大きさには引く。
とはいえ魚を食べるほうのワニなので、人間は襲われる心配がないという。活発に動き回っているのは冬季で、夏場は暑すぎるせいで深くに潜ってあまり姿を現さない。
一つ前のカヌーでは、川の真ん中で二匹のサイがバトルしてる姿が見られたんだって。危険なので中洲に一時退避して、ことが収まるまで先に進むことができなかったという。「あんたがのろくさバナナパンケーキを食べてさえいなければ、見られたんだぜ」と責められたよ。いいじゃんバナナパンケーキ。バナナパンケーキを食べることができて、俺は幸せだったよ。

ジャングルウォーク


カヌーを岸に横付けし、そのままジャングルへと突入。

タルー族の青年が、昆虫やら植物やらを次々と見つけ出してくれる。この赤い昆虫。木の幹や落ち葉の上に沢山見かけることができた。

葉が病気になっている。この状態になった葉は、動物達も食べないんだそうだ。伝聞情報。

カメムシかフンコロガシ(なんか転がしてるし)の交尾を目撃。ガイドたちは「They do ジグ、ジグ」と言って笑いあってる。ジグジグというはファックのことらしいんだけども、どういう範囲で通じるスラングなのかは謎。
と、タルー青年がサルを発見!

ちなみにこのサルは、他のホテルから来ていたガイドには見つけだすことができなかった。もちろん俺には気配すらさっぱりだし、一体どんな視力をしてるんだろうと思う。6.0くらいありそう…。

森を抜け、切れ味鋭いエレファントグラスの生い茂った視界の悪い草原へ。休憩するために見晴台へ登ったら、日本人のカップルがいたよ。同宿の二人とは別の人たちで、「こんにちは」と挨拶したら日本人なんだぁって驚かれた。

しばらくそこで休憩をしていると、タルー青年が、ゼアゼア、ライノ!ライノ!とうるさい。言われるがままに指差す方向、ジャングルの切れ目のあたりに目を凝らしたんだけど、どこに何がいるものやらさっぱりわからない。そういえばなにか灰色のものがジャングルに出たり入ったりしていて、それが彼いわく、サイなんだって。(写真はありません)

なお、このツアーにはクマやトラなどの猛獣が出没する危険性もあるそうだ。対処の仕方も教えられたけどそんな知識を活用する機会はまるでなく、危険な猛獣たちについても、後ほどパタン動物園で檻ごしにお会いしたくらいで。

さよなら髭親父

髭親父はなかなかいいヤツらしく、他のネパール人みたいに利己的にトモダチトモダチと言い散らかしたりはしてこない。相手がどんな人間であるのかをちゃんと知ろうとし、言葉があまり通じなくても辛抱強くコミュニケートを試みようとする。

俺がホテルを移ることを告げたとき、酷く傷つけられたような顔をしていた。辛い別れだったな。髭親父のお腹のポニョっとした感触、きっとわすれないよ…。

ジャングルで出会った二人が、ゾウのシャワーを浴びてる場面に遭遇。もっといい写真もあるけど、遠景から。もしこのエントリを見ていたら連絡をください。写真送るよー!

あたりには、ゾウに水浴びをさせるゾウ使い達の姿も。
ルンビニから一緒だった人たちとも、ここでお別れ。ボッタクリだからここを離れる、とは言いづらかったです。なんで移るのかと聞かれたから、悪い意味で取られないようについ本当のことを答えちゃったけど。別のところのほうが安いよーって。
安いのなら、じゃあ同じところに移りましょうと言ってくれて、でも、既に支払ってしまった料金については莫大なキャンセル料がかかるということがその後わかって、移れなくなって。契約書にも小さく書いてあったらしくて、俺はこんなこともあろうかとギリギリまでサインを引き伸ばしておいたんです。結果的に感じの悪いクレバー野郎になってしまった。

コニチワ、トモダーチ!!

荷物をまとめて、本日の宿であるレインボーサファリリゾートへ。従業員に話したらちゃんと昨晩のやり取りが伝わっていて、そのとき書いてもらった見積書を出せばその通りの値段にしてくれるという。
ここのオーナーは何かといえば「コニチワ、トモダーチ!」の一点張りで、すごく胡散臭いけど、安くしてくれたし帰り際にお茶を奢ってくれた。部屋は広いし虫もほとんど出ないし清潔だし、また泊まりたいと素直に思えるいいホテルだ。

エレファントライド


いよいよ、ゾウに乗るときが来た! 数年来の夢だったんです。夢が叶うということでテンション上がりまくりの俺を待ち構えていたのは、
「思ったより地味だし、乗り心地が悪い…」
残念すぎるインプレッションでした。
とりあえず、爽快感がない。スピードがないからね。それとガクン、ガクンと激しく縦に揺れるから、ゾウの背中にある櫓の、柱に始終しがみついていなければならない。四隅に一人ずつがしがみつく格好で、角っこの柱を股ぐらで挟み込みます。擦れるから痛いし、俺のように考えもなくカメラを持って乗り込んだりすると、あちこちを打撲する羽目になる。

ゾウの上から無理やり撮った写真。俺が写真を撮っていたら、同乗していたアイルランド人の奥さんが、旦那に向かって「見て。ブラシで引いたみたいな道!」とロマンティックなことを言った。
しばらくぼんやりと揺られていると、こういうのもまあ悪くないんじゃないか、という気持ちにはなってくる。かなり高いところに座っているので、油断していると木の枝にぶん殴られたりした。
野生動物にまったく遭遇できないままジャングルをひたすら潜り続けてゆくと、予兆めいた風が高い梢を揺さぶるようになった。水の香りと土の香りの入り混じった空気があたりに広がり、やがてぽつぽつと、葉に落ちる水滴の連続した音が遠く響きはじめる。

これはやばい、雨音だ、とカメラをウエストバッグに仕舞い込み、スコールの到来を覚悟する。吹き千切られた緑の葉が、木々の合間を抜けてゆく。風の通り道が可視化されている感じだ。
しばらくは前触れだけ続いた。梢を揺らす湿った風や、ぽつぽつと雨打つ音が、三度四度と満ち干きを繰り返す。驟雨の気配に包み込まれている。
なかなか訪れないものだから、もしかしたら杞憂だったのかな…といい加減スコールのことなど忘れかけていたちょうどの辺りで、雨の滴が落下しはじめた。ほとんど遮る物が何もないゾウの背中の上で、痛いくらいの大粒の雨にただもう打たれているしかない。全身ビショ濡れで、でもカメラだけは必死で抱え込んで濡れないようにした。
なんか、すごく興奮したなあ。スコールが始まるとき、ジャングルの中がこんな風になっているなんて初めて知ったよ。鳥たちや雨宿りの小鹿を見ることもできた。
タワーまで引き返し、いっときの雨宿り。ゾウの背中から二階へと乗り移ります。

雨がやんで再出発すると、

サイがいた!

ゾウ使いが間近にゾウを寄せてくれたので、野生のサイを凝視し放題です。

帰り道、これまでソウラハで知り合った観光客全員とゾウの上で擦れ違ったよ。みんなが同じような時間に同じような行動をし、ゾウの上で雨に降られたりしているわけで。それを思うとなんだか可笑しくて笑っちゃった。

ソウラハをぶらぶら


これで予定はほとんど終了。ゾウから降りても興奮がやまず、雨上がりのソウラハをやたら元気に駈けずり回って写真を撮ったり、急にエネルギーが尽きてロッジでごろ寝をしてみたり。

ファインダー越しにヤギとじーっと睨めっこしてたら逃げられてしまい、悲しみに暮れていると、すぐ側で裁縫をしていた子に笑われてしまった。温かいんだよね。村全体がほんわかした空気に包まれている。いつも同じ店で冷たい飲み物を買っていたら、顔なじみになって安くしてもらえたりしたよ。
上半身裸の女の子(10歳未満)が、胸を隠して恥じらいながらお兄ちゃんに客取り(?)みたいなことをさせられているのを見た。売春かどうかは断定できなかったけれども、ここの村はとても貧しく、小学校に通えない子供達も多いんだって。

Restaurant Riverside

そのあとも旅行会社を何軒かあたってみたんだけど、ジープで冒険するのはとてもお金がかかるし、夕方から出発できてお手ごろ価格なのは、バードウォッチングくらいのもの。ちょっと心惹かれてはいたけど、遊び疲れてしまっていたから、ワインと文庫本をたずさえて大人しく川べりへ向かった。

ラプティ河の目の前のレストラン。一見すると、ただベンチとテーブルが置かれているだけの簡素な休憩所に見える。というか、ただのベンチとテーブルです。座っているとウェイターがオーダーを取りにきて、食べないなら帰れと言われる。料理とワインのグラスを頼み、沈みかけの太陽の弱々しい光を頼りに文庫を読みふけってた。
しばらく経って、ウェイターの少年がやってきた。
「チトワンはどうですか?」
料理はまだみたいで、さっき頼んだグラスを持ってきてくれている。
「とてもいい場所だね。楽しんでるよ。ついにゾウにも乗れたんだ」
「ネパールへは、お一人で?」
「そうだよ」
「オーケー、ミスター。ワインをお楽しみください」
そう言って、少年はグラスをテーブルに置いた。

この時は、さすがに孤独を感じたなあ。一人旅は好きだけど、孤独はやだね。孤独になるような生き方をしてはいけない。


トマトとジャガイモのコフタ、相当美味かった。”アウラが離散してまずくなるから”という信仰を持っているので食べ物はほとんど写真に撮らないんですが、ここは特別。
よく見るとわかるんだけど、グラスには蝿が二匹たかっているし、食べ物の臭いに犬がふらりと引き寄せられてきている。この直後にはもちろん、蝿や犬を全力で追い払った。それに加えて背後数メートルの地点にはゾウの糞が落ちているので、写真ほどいいムードではなかったりします。

タルー族のダンス


懐中電灯で暗闇を照らし、村の公会堂のような場所まで向かう。ハチマキに胴着を身に着けたベストキッドみたいな少年達が壇上に姿を現し、棍棒を使ったゆるい舞踏を始めた。

被り物のクジャクが姿を現したとき、アメリカのスクール映画に出てくるみたいな体育会系グループが、ゲラゲラと笑いながら前に出て写真を撮りはじめた。下品な笑い方だなあと思ったよ。
帰り道は、懐中電灯をただ一人持ってるガイドが落し物を届けると言って姿を消してしまった。この、ばかやろうが。
仕方がないから、デジカメのレンズのところを柄に見立て、バックライトを最大にし、パタンで撮った明るい写真を表示した状態で道を照らし、水溜りを避けながらホテルまで戻った。

さよならチトワン

ホテルに戻って、寝る前になにか飲み物をということで食堂に向かうと、従業員一同が集結していてその輪に加えられてしまった。あんまり英語がわからないもんだから会話が困難で、でも、この人たちはサバイバル系日本語くらいなら理解ができるの。Sorry, ワタシ英語ワカリマセーン、と怪しい外人風に肩をすくめて見せたら笑いが取れた。本当は会話を打ち切るためにやったんだけど、ウケちゃって、それを皮切りに周りが会話を広げようとしてくる。
タルーにはモンキーダンスというのもあるんだよと言われて、こういうのなら知ってるけどね、と我が国のモンキーダンスを披露したら、みんな喜んでくれたよ。けどなんか疲れが酷かったので、ほとんど逃げ込むような感じで部屋に戻るしかなかった。