神秘の国ネパールへ:第三回 ハードウェイ・トゥ・シャブルベンシ

朝の六時、ドアをノックする音で目を覚ました。

ガネーシャです、ハジメマシテ」

5月16日 シャブルベンシ行きのローカルバス

この、ガネーシャというヒンディー系の風貌をしたネパール人ガイドに、これから一週間トレッキングへ同行してもらうことになるわけだ。

さあ行きましょう、と促されるまま、タメルで客待ちしていたタクシーを使ってバスパークへと向かう。
こんなに早い時間だというのに、制服を着た学生たちが朝ぼらけのカトマンドゥを闊歩していた。あらためて観察してみると、ネパール人の女性は目鼻立ちが整っており、鼻梁がくっきりしていてとても綺麗だ。手足もすらっとして長くて、日本だったらアイドル級ともいえる美人がそこら中に転がってる。
若者達の服装もかなりお洒落で、伝統衣装とカジュアルな洋服が半々。洋服の傾向としては九十年代末の日本とちょっと似ているんだけど、背が低くて細い体をしているのでそれがとてもよくはまってる。黒髪の一部に茶色のメッシュを当てている人が多くて、それが褐色の肌にマッチしていて、素直にいいなあと思った。
ランタン谷行きのローカルバスは、屋根の上にまで人がぎっしりと乗り込んでいた。バス内はすし詰め状態で、真ん中の通路などは乗客が持ち込んだ荷物や商品で足の踏み場もない。シートは既に予約してあったので、先に座り込んでいた人にどいてもらって取りあえずは自分達の席を確保。

ランタン谷の入り口となるシャブルベンシまでは、十時間あまりかかった。酷く揺れるし、シートが狭いので腕や足をゴンゴン打ちつけて痣ができたし、おまけに窓際の席に座ったらボルトが飛び出ていて、刺さるの。素でムカついてくる。

途中で食ったダルバートが、とても美味しかったのを覚えてる。ダルバートというのはネパールの代表的な家庭料理で、プレートにカレー味のじゃがいもやらや菜っ葉やら肉やらライスやらが乗っかっていて、上からダル豆のスープをかけてよく混ぜ合わせて食うの。肉汁やカレーの汁なんかも一緒に混ぜると、思いも寄らぬ味覚のハーモニーが生まれて癖になった。
ネパール人は、混ぜるのも食べるのも全部手でやっちゃう。左手はウンコだから、右手だ。こねこねと指先で混ぜ合わせる感じが見ていて気持ちよかったなあ、さすがに自分が食べる時は、スプーンを使うしかなかったけれども。
道路は当然舗装なんかされてないし、砂利砂利で小石が転げ落ちてるような崖のぎりぎりのところを、崖に向かって15度くらい傾斜しながら走り抜けたりする。怖かったけど、ある意味エキサイティングだ。

岩に乗り上げてバスが走らなくなった時、このおじさんがなんとかした。
ガネーシャに「たまに下に落ちたりしないんですか?」と聞いてみたんだけど、ちゃんと答えてはくれなかった。
山間の建物のあちこちに、マオイストのシンボルマークがペイントされている。このあたりも勢力範囲だったということらしい。もしくは、支持者が沢山いるのだろう。かつてはツーリストから通行料を徴収していたということだけれども、この時にはすでに政権を取ることが確定していたために、それほど警戒せず眺めやることができる。
山岳にいるのはチベット系の人たちだが、共産主義者たちを支持している。てっきりマオイスト中国共産党から武器を買っているのだとばかり思い込んでいたのだが、チベット系の人には関係がないというか、そもそもネパールの毛沢東主義と現行の中国共産党との間にはなにも関係がないという話を町の人から聞いた。


峠にはいくつもの集落があって、そのところどころで人を乗せたり降ろしたりしながらバスは走る。集落に近づくとパラリロパラリロという暴走族みたいなバカでかいクラクションを鳴らして到着を知らせようとする。集落では農作業を終えた人々がずーっと寝そべったりしながら、一日に二本しか通らないバスが行くのを眺めていた。夜は走れないから片道だけで、このバスは二日かけてシャブルベンシとカトマンドゥを往復するわけだ。
現地の子供達はバスが通るのを車道でずっと待ち構えていて、すぐ脇を通るとワーッてダッシュで追いかけてきて、車体をバンバンと叩くの。どの子供もそういう遊びをするから、この遊びがランタン谷では流行っているらしい。思わず微笑んでしまった。

すぐ横を、ヤギの群れが通ったりする。
シャブルベンシは崖の両岸に広がっている村で、一本だけある吊り橋で両方を行き来する。チベット系なのだろうか、容姿が東アジアの人によく似ている。ガネーシャには、「ネパール人みたいですね」と何度か言われてしまった。特にシェルパに似てるんだって。俺の来ている服が、たまたまシェルパがよく着てるようなやつだったのもあると思うけど。

家畜の群れに巻き込まれた。


写真を撮ってる場合じゃなくて、早くよけないと危ない。

首からカメラをさげてホテル街をうろついていたら、写真を撮って撮ってーとせがまれた。


この日はバスの移動だけ。