神秘の国ネパールへ:第二回 ナマステ!ネパール王国

ネパールで付けていた日記を失くしてしまったので、見つかるまでは更新しないでおこうとを思っていたんですが、見つからないし、デニーズで聞いても分かりませんでした。

ネパールへ飛び立ちます。
神秘の国ネパールへ:第一回

5月15日 王国のイニシエーション

機内では、今春公開されたばかりの『ジャンパー』を観ました。ゲーム感覚で世界中へワープするという内容の映画ですが、現実の旅はもっと厳しくて、この映画の主人公のようにゲーム感覚を捨て切れないでいると、命を落としたり、変な枕を買わされる可能性があります。
韓国とネパールの時差は、三時間十五分。空港に着くやいなや、蒸し暑い熱帯の空気と体臭じみた独特の臭気に包み込まれました。ネパール唯一の国際空港である、トリブヴァン国際空港です。建物が老朽化していて、全体的に闇が濃い。古い公共の施設といった趣でした。飛行機の発着場や出入国カウンターを除けば小さな免税店があるだけというシンプルな施設で、そこかしこに群れ集まったネパール人達の、褐色の皮膚に埋もれた白い瞳が一斉にこちらを覗き込んできている。
のっけから、油断ができない雰囲気です。
この国ではホテルを予約しないでいきなりフロントに行くのが普通だと聞いていたんですけど、右も左もわからない初めての国ということもあって、速攻で居場所を確保しないことには落ち着けません。数年前に中東で殺されてしまった日本人男性も、お金がなくてホテルに泊まれず、野宿していたところを拉致されてしまったのだと聞きます。
なおかつ、慣れないバックパックが重すぎるため、これを預けないことにはどこへも出かけられる気がしない。55%程度の酷いレートでルピーを買って、市街地の中心部に向かう交通手段を探します。
空港の建物を出るなり、ネパール人達からの「スミマセン」「スミマセン」という声が嵐のように降り注ぎはじめました。一目見て日本人観光客だとバレてしまったようです。
「スミマセン」は一応日本語ですけど、「スミマセン」「スミマセン」と声をかけてくる人は日本にはあまりいないので、とても怖ろしい。片言だし、おまけに血が通っていないというか、機械的なんです。
この人たちはカトマンドゥ中心部と空港を結ぶタクシーの運転手だったり、ホテルの呼び込みだったりするんですが、なにぶん初めての国なので、誰をどれだけ信用していいものやらわからない。フレンドリーに近づいてくる彼らの中に、殺し屋や誘拐犯が混じっていたら大変です。

ここにまた一人、詐欺師が

目の前にフジホテルの呼び込みがやって来て、ちょうど行きたかったのがそこだったということもあって、渡りに船の心境で付いていくことにしました。発着場には送迎車が二台連なっていて、前の車に乗り込もうとすると、「こっちに乗ってください!」ともう一台のほうへ促されたので、言われるがままにすると、リラという気さくな感じの若い青年が「はじめましてー」と流暢な日本語で話しかけてきました。こちらの目を見ながらニッコニコで会話をするのです。
それはいいんだけど、どうもというか話がホテルの宿泊とは関係のない方向へ逸れていくので不審です。本当にフジホテルに向かっているのかと確認したところ、これからこの車はタシダルゲー・インというホテルに向かうのだと言う。
なにが起こっているのか、全くわかりませんでした。
もっとも、タシダルゲー・インも地球の歩き方に掲載されているホテルではあり、一日くらい泊まってみたいと思っていたところでした。どこへ行く予定なのかと聞かれたので、ガイドブックを見ていてワクワクした場所のことを全部伝えると、じゃあまずは旅行会社に行って手配しましょうということになった。
旅行会社に向かう途中で、ギャネンドラ国王が住まう王宮の横を通りかかりました。折りしもネパール王国は、マオイストが第一党となって議会を再編し、240年続いた王政を廃止するという大変革の時期。さりげなく話題を振ってみたところ、リラは瞳をきらきら輝かせ、
「やっぱり…こうね。若い人にとっては、変わっていくと言うのがね!」
と、本当に本当に嬉しそうに語りました。
その、「若い人にとっては」という言い回しの中に自分自身の素直な感情に対する照れや戸惑いみたいなものが見え隠れしていたので、俺は迂闊にも、気持ちのいいヤツだなあという印象をこの詐欺師まがいの青年に対し抱いてしまった。

聖なる牛の最期


首都カトマンドゥの中心部に近づくにつれて、バイクや自転車やリクシャー(自転車を使ったタクシー)やウシが入り乱れて交通は大変なことになっていきます。
「うわ、車とウシが併走してる(笑)」
写真の道路は比較的まともな道なんですが、牛が歩いていますね。他の道は交通整理がされていないばかりか、そこかしこに穴が開いていたり土が盛ってあったりして、道路から一切やる気が感じられない。もしくは、道路の使い方に関する自由度が高すぎて、もはや手の施しようのない状態なのかもしれません。「ハードボイルド・ワンダーランド」という感想が率直に浮かんできました。

でこぼこの路面に揺られながら進んでいると、人だかりが視界に飛び込んできました。目を凝らしてよく見ると、彼らが取り囲んでいたのは牛の死体です。
白黒まだらの牛が、鮮やかなオレンジの内臓を放射状にぶちまけて息絶えてる。人々は、その周りで車座に屈み込み、祈りのようなものを捧げていました。

人気のない雑居ビルへ

その旅行会社はタメル地区の雑居ビルの一角にあり、停電しているせいで薄暗くて、穏やかな感じではありません。
「電気がつかないことがあります」とわざわざ説明をしてくれたのが、こちらを安心させるための手口のように思えてきて怖い。完全に疑心暗鬼になってしまったんですが、そうなるのも無理はなく、見るからに雰囲気が怪しいのです。殺されたり盗まれたりしたらどうしようと思うと、バックパックを預けるのも怖かったし、勧められたチャー(ネパールのチャイ)に口をつけることもできませんでした。
旅程についての具体的な話が始められました。提示された料金を見るに、とにかくぼったくりであることは明らかだった。リラは様々なプランを提示してきたんですけど、ここで手配したのは、ランタン渓谷をめぐる一週間のトレッキング(日本語ガイドつき)のみです。$100値切って$250という価格で、時間と足さえ使えば$150程度で手配できたはずのところを、もう日が暮れていたことだし、地理がわからず言葉も通じないので面倒になって受け入れてしまいました。
そんなことより、ホテルの人間だと思い込んでいたリラが、ここで旅行会社の人間として働いているという事実のほうが大問題です。どんな被害に遭ったものかわからないし、和やかな空気をぶち壊しにしてでも本当にホテルの従業員であることを証明してもらうしかなかった。
それが嘘だったらご破算にするつもりのところを、そこだけは本当だったみたいで、ちゃんと証明証まで持ち歩いていました。仕方がないのでトラベラーズチェックにサイン。

とても良くしてもらった

リラにはその後、トレッキング用品の買い物に付き合ってもらったり、晩飯をおごってもらったりしました。彼には、日本人の友達が500人いるんだそうです。とにかくこちらに信用してもらいたいと思っているようなんですけど、別のホテルの客を車に引っ張りこんだ挙句、ホテルの従業員と称して旅行会社に連れて行き、法外な料金でツアーを組ませようとした人間と信頼関係を築くことは、むずかしい。
晩飯には地元の人しか来ないような渋いレストランに連れてきてもらい、ここではビールとモモ(ネパール餃子)、チョウメン(焼きそば)とポテトフライをご馳走になりました。どれもこれもすごく美味かったのを覚えています。
ネパール料理って中華や日本料理によく似たところがあるんですけど、同じ素材を使っていながら、焼きそばも餃子も全体的にカレー味に仕上がってる。カレー粉をまぶしてある感じ。モモなどの肉を使った料理には牛を使うことができないので、水牛の肉が使われていたりするんですが、これが若干獣臭い。獣臭さを消すためにスパイシーな香辛料を使っているようにも思えました。
飯を食い終わったあとには「お茶でもどうですか」と誘われ、ビールでご機嫌になっていた俺はうっかりついて行ってしまいました。気の利いたカフェにでも連れて行ってもらえるのかと思いきや、辿り着いたのはさっきの旅行会社。また性懲りもなくツアーを勧められたわけなんですけど、頭の中で計算したらやっぱりどう値切っても$100くらいは余計にかかるみたいなので、断りました。
リラはこの時、チトワン国立公園には個人で入ることができないというウソまでついてツアーを組ませようとしました。その場ですぐにバレるような嘘です。本来は怒ってもいいはずなんだけど、なぜかその時は仏のような気持ちになっていたので、敢えて目を瞑り、ネパール人が誇りに思っているエベレストのことを絶賛したり、堅く握手をかわしたりと友人のように振舞って別れました。

カトマンドゥの治安

その日はタシダルゲー・インが満室だったので、ホテル・カルマというところを紹介してもらいました。一泊 Rs400(650円くらい) の割には部屋が綺麗だし、お湯のシャワーもちゃんと出るという。
ホテルから外出するときは必ずバックパックをチェーン錠で括り付けておくようにしていたんですが、一度わざと部屋のドアに鍵をかけず、バックパックのセキュリティだけ厳重にして出かけて戻ってきたところ、マシンガンを持ったテロリストの写真が、たぶん新聞記事の切抜きだと思うんだけど、ベッドの上に置いてあったりしました。
リラからは、ここは基本的に治安がいいけど、夜の一人歩きだけはやめておけと注意されました。