パシュパティナートの詐欺師


エベレストを見下ろして飛んだ後は、歩いてパシュパティナートという寺に向かいます。そしてそこでは、インドの某映画スターと風貌のよく似た、胡散臭い詐欺師との出会いが待ち受けていたのだった…。

6/1

パシュパティナート

ヒンドゥー寺院のパシュパティナートでは、王族から一般市民までのあらゆる階層の人々の火葬が執り行われている。自然界にある元素から構築された借り物であるところの肉体を、灰にすることによって自然界に戻そうという宗教的な意義がそこにはあるらしい。

泣き女たちの芝居めいたすすり泣きが湿った空気を作りだす中、親族達が故人の亡骸を自分達の手で火葬台に持ち上げ、花などを使って飾り付けをしていく。聖なるバグマティ河のすぐ脇で、それらは執り行われている。
亡骸を灰にするために火力をコントロールするのは、プロフェッショナルの火葬屋たちだ。ヒンドゥー文化圏で火葬といえばインドのバラナシが有名らしく、あちらでは迂闊に写真なんて撮ろうものなら殺されてしまうということなんだけど、このバシュパティナートでは撮影が許可されている。

この時はカメラにバッテリーが入っていなかったから写真が撮れなかったけど、仮に撮ることができたとして、果たして撮る気にはなれていただろうかという。火葬にまつわる光学的な情報が、故人や遺族達の預かり知らないところでデジタルデータ化され、何度も何度も反復されてしまうというのは途轍もなく嫌な感じじゃないだろうか。

人体が燃えて発生したやや黄みがかった煙から逃げたり、それを吸い込んでしまったりしながらも、その場で進行中の火葬を三つほど厳かな気持ちで見つめていた。

上流から下流に向かって幾つかの火葬台が並べられており、上流にある物ほど高い身分の人間に宛がわれるようになっている。大きいものほど使用料が高いらしい。
対岸にはリンガとヨニの祠がいくつも並べられており、その高台のところを猿たちが駆け回っている。
それよりさらに上流、岸壁をくり抜いた洞窟にはボディペインティングをしたサドゥー*1たちが暮らしていて、修行の一環としてマリファナを吹かしている。
通りを行き交う人間の一人一人を指差しつつ、ゲラゲラと笑い転げているサドゥーもいた。それは果たして苦行なのか、単にラリっているだけなのか…。

ラジニカーント 詐欺るおっさん

そのおっさんが目をつけてきたのは入場料を払うゲートのところで、ここではいくら払えばいいんだよ、というお節介を焼きながらもこちらの財布の中身を盗み見してきて、とても不快だ。
パシュパティナートについて説明をしながら「トモダチトモダチ」、と勝手にくっついてくるもんだから、このまま放っておいたらガイド料を要求されたりするんだろうなあ…とげんなりしつつも、英語の発音がいいもんだから何を言っているのかが大体わかったし、話上手でかなり教養がある感じ。だから50ルピーくらいなら払ってやってもいいかなと思って放っておいたところ、後からやっぱり金銭を要求してきて、なんと500ルピーをよこせと言う。
武装してないただのおっさんに大金をよこせと言われたら、普通はばっくれるに決まってる。払わないで立ち去るという手も当然アリだったので、「You must choice, 50ルピー or 0ルピー!!」と言って選んでもらおうとした。ところがこの…額の秀でたラジニカーントは言った。
「50ルピーか0ルピーか、500ルピーの中から選ぶぜ!」
小学生の喧嘩みたいになってきたので、二人ともニヤニヤしている。ちょっと面白くなってきたけど面倒臭いので、芝居を打つことに。
「金のためだったんだ…友達になれたと思っていたのに」
背中を向けて、大げさに肩をすくめて見せる。
「俺は友達だと思ってた。あんたはそう思ってなかったんだね…」
「いやいや何を言ってるんだ、トモダチじゃないか」
ラジニカーントは、苦い表情を浮かべながら食いついてきた。しめしめと思いつつ、
「友達は、金を寄越せなんて言ってきたりしない。あんたは友達じゃなかったんだ…」
言いながら、財布に入ってた小額ルピー札(60ルピーくらい)を全部とりだして見せびらかす。
「これが全部だよ」
「でもあんた、さっき100ルピー札持ってただろう? その緑のお札を寄越しなよ」
さっき財布を覗いてきたときに、中身は把握されてしまっている。
「100ルピー札を使い切ったら帰りのタクシーに払う小銭がなくなるだろ。タクシーの運ちゃんは釣りを持ってないし…。
するとラジニカーントは、
「オーケーフレンド。Don't worry be happy!」
目をキラキラさせながら握手を求めてきた。「その値段でオーケーだよ…」言いながら、白い歯を見せるラジニカーント。まじで目がキラキラしていたのでドン引き。
なんだこのおっさん、死ね! と思いつつも俺の勘は正しくて、寛大にして慈悲の人間であるところの自分自身に浸っている彼は、マネーをせびるよりもトモダチとして別れるという次善の選択肢を選んだのだ。60ルピーぽっちの紙幣を受け取り、去ってゆく俺を手を振り見送ってくれるラジニカーントwin-winな取引、お互いにうまくやれたね。

珈琲に癒された

ムスタンゲストハウスへ荷物を取りに戻り、ちくさ茶房という日本語名のカフェに向かう。ネパールのカフェで出てくる珈琲はほとんどがインスタントである中、ここは本格的なドリップ珈琲を出してくれるという触れ込みで、そういう店には”Real bean coffee”という記載があることが多い。
猛暑のさなかバックパックを背負って道に迷っていると、空気を読めない物売りたちに絡まれてみるみる消耗していく。でも、出された珈琲に口をつけた瞬間から力が湧いてくる感じがして、まだこんな力が残っていたんだ!と思えてくるほどで、やっぱり本物の珈琲は違うなあ…。

ジャナクプルへ

バスパークに行ったらまだその日のナイトバスに間に合いそうだったので、早速ジャナクプル行きのバスチケットを取ることに。
出発までは随分時間があったけれども、面倒だし疲れているのでここでぼんやりしていることにした。食堂でチャパティの上に揚げ物を乗っけるという変にうまいフードを頼んだり、車内用のスイーツを買い込んだり、チャイを飲みつつチベット密教について書かれた本を読んで時間を潰した。旅先ではこうやって過ごす時間に妙な充実感があったりする。

キラルという男

陽射しを避けて入った待合用の小屋で、そこにいたバスパークの従業員たちと色んなことを喋った。ラジニカーントとずっと喋ってたおかげか、英語が前よりもスムーズに話せるようになってる。
すると腕にヘビの刺青を入れたタンクトップ中年が姿を現し、ネパール語*2でペラペラと捲くし立ててきて、わけがわからない。呆気に取られる俺を見ながら、その場にいたみんながゲラゲラと笑い始めたから、うざいよね。調子こいてすいませんでした。
そこではキラルという男が出発までの世話をしてくれて、単なるリップサービスだとは思うけれども、今度来たらバイクでどこか一緒に行こうぜ、とノリで連絡先まで教えてくれた。
キラルは、ネパール毛沢東派の政権奪取には必ずしも納得していないみたいだった。「あいつらごたくは立派なんだが、画一的なイデオロギーの押付けはイヤだな」という意見を、小学校教育を例に取りながら述べてた。
「This coutry is totally changing...」と感慨深げにつぶやいていたのが印象的。*3

そして出発

遅れてやってきたナイトバスに乗り込み、ジャナクプルへ。隣の男が不審なヤツで、何度押し返しても力を込めて強引にもたれかかってくる。荷物が心配でずっとガードしていなければならなかったし、ほんとろくなもんじゃないなあナイトバスって。

*1:ヒンドゥー教の苦行者

*2:もしくは謎のオリジナル言語

*3:※2008年11月7日現在※すごい紆余曲折を経た末、毛派のプラチャンダ議長は首相として連立内閣を組閣した模様